尾張六地蔵巡礼
尾張地方六つの札所
地蔵尊を巡り、歴史を辿る
- 尾張地方には、六つの地蔵尊があり、巡礼どころとして多くの方がご参拝されています。そもそも何故六つなのか、ということですが、これは仏教の死生観「輪廻転生」を表しています。
- 人だけでなく、全ての生き物は死んだのちに生まれ変わり、その生まれ変わる先が六つの世界とされており、現世で良い行いを積まず悪行ばかりだと、苦しみの世界「地獄界」へ落ちてしまいます。感謝の気持ちと思いやりの心を大切に、救われるようお地蔵様に手を合わせましょう。
- 当寺、金龍山 芳珠寺をはじめとして、様々な由緒を持つ地蔵尊をお祀りするお寺を巡りながら、その地域の歴史を辿るのもおすすめです。
まずはお寺へお参りをして、ご挨拶を済ませてから御朱印などを授かりましょう。
- 一番札所
興化山長光寺
尾張六地蔵巡礼、まず第一番札所は通称「六角堂」で親しまれている興化山 長光寺です。
その通称の由来は境内の真ん中に建つ地蔵堂が六角の円堂になっていることから来ており、地名の由来にもなりました。
地蔵堂は稲沢市では珍しい中国風の形式をもつ唐様の室町建築で、応保元年(1161)、平頼盛の寄進で創建されたと伝えられています。
他にも長光寺の境内には臥松水(がしょうすい)という井戸があります。かの織田信長がこの井戸水を愛飲したと言われています。
鉄造地蔵菩薩立像
平頼盛が安置した地蔵菩薩。世の中に悪いことが起こる前になると全身に汗をふきだし、人々に知らせるという言い伝えがあり「汗かき地蔵」とも呼ばれています。
- 二番札所
徳寿山 清浄寺
二番札所は徳寿山 清浄寺、大須の繁華街に位置する癒しの寺院です。
小林城という広大なお城があった跡地に、徳川光友が徳川家累代の祈願所として創建されました。
織田信長の妹が嫁いだ先のお寺としても有名なお寺です。
また、境内には松尾芭蕉の句碑が建っていたり、美しい藤棚があったりなど、訪れるだけでも大いに楽しめるお寺です。
矢場地蔵
矢場町にあるお地蔵さんということでこのように知られています。なんと高さ5メートルもある、とても大きなお地蔵様です。また、可愛らしい表情のまだ新しいお地蔵様から、昔から現存する趣のあるお地蔵様など多くの地蔵尊が祀られています。
- 三番札所
海底山 地蔵院
東海道と鎌倉街道の交差する場所に建つ、真言宗醍醐派のお寺、海底山 地蔵院が第三番札所になります。
通称「湯浴み地蔵」と知られている地蔵菩薩が引き上げられたのち、戸部村に移されて長らく信仰されていましたが、火災でお堂を焼失したことから山崎村に移したとされています。
こちらの地蔵尊は、鋳鉄像であることと、大型の坐像という点が特に珍しいとされましたが、度重なる災害や戦災によって頭部と両手を残して他の部分が失われてしまった為、コンクリート製の胴体によって坐像としての姿が復元されています。
湯浴み地蔵
鎌倉時代に鋳造されたと伝えられる鉄地蔵です。その昔、天変地異が起きた後に海中から一尊の仏像が引き上げられ、お湯で洗ったところこの地蔵菩薩が現れたため、このような名称で知られています。
- 四番札所
頭護山 如意寺
900有余年の歴史のある寺院、頭護山 如意寺です。現在の所在地には1281年に移転し、80有余年の歴史がある保育園が併設されております。
蛤地蔵で有名なお寺ですが、弘法堂には「せき地蔵」がお祀りされており、こちらの地蔵尊は喘息を治すお地蔵様として有名で、ご参拝に訪れる方も多いお寺です。
蛤地蔵
かつて、大飢饉になった際にお地蔵様の足元を掘ったら大量の蛤(はまぐり)が出現し、人々を飢餓から救ったそうです。また、毎年正月に漁師が山のように蛤を捧げ、放生する風習があったからとも言われています。
- 五番札所
島田山 地蔵寺
島田地蔵尊は福井県の大本山永平寺から樵山和尚が「島田山広徳院」として建立したお寺です。それ以降代々引き継がれ、明応九年(1500年)には地蔵尊を本尊として「島田山地蔵寺」と改名されました。
毛替え地蔵尊の他にも、日照りが続いたときに村人があるお地蔵様に願ったところ雨が降ったことから、雨降地蔵という地蔵尊も祀られています。
元々は現在の天白小学校付近にあったようで、現在の「天白住宅」の地名「横町」は「地蔵寺の横の町」という意味です。
毛替え地蔵
昔、ある大泥棒が市場で売るため、お地蔵様に祈って盗んだ馬の毛色を一夜で変えてもらいました。恩義を感じた大泥棒は貧しい人にこのお金を分け与えました。それ以来、このお地蔵様は「毛替地蔵」と呼ばれるようになったそうです。
- 六番札所
金龍山 芳珠寺
最後に、尾張六地蔵巡礼の六番札所が金龍山 芳珠寺です。
名古屋市千種区に位置するお寺で、元は豪族の城がありましたが、落城と共に荒廃してしまいました。その後、諸説ありますが300~350年前に曹洞宗から臨済宗に改宗し、寺号を「芳珠寺」としたのでした。
昭和二十年に空襲で全焼しましたが、ご本尊だけは幾度もの火災を逃れ、寄木造の木造としては名古屋最古の地蔵尊として現存しています。
延命地蔵菩薩
その昔、小野篁が奥州路へ降る途中、景勝に思わず足を留めて彫り作ったとされています。
南北朝時代末から室町時代にかけての作品と言われており、名古屋では寄木造最古の作品です。
巡礼コース例
- 一番札所長光寺
- 六番札所芳珠寺
- 二番札所清浄寺
- 五番札所地蔵寺
- 三番札所地蔵院
- 四番札所如意寺
上記のコースは公共交通機関ご利用の際に移動時間が少なく、またお車ですとぐるっと回れるおすすめの経路ではございますが、特に決まりはありませんのでお好きな順路でお巡りください。
お寺で葬儀・法要を
芳珠寺では、故人様のため、そしてご親族様のために寺院葬儀や、初七日や一周忌などの中陰法要や年忌法要も行なっております。350年の歴史をもつ静寂の空間の中で、無事に故人様が極楽浄土へ渡れますよう、心を込めてお送りいたします。まずはお寺までご相談ください。